節約は場所じゃない。「パリでも福岡でも同じだった」という話


深夜のスーパーで、うどん3食と焼きそば3食が279円で売られていた。
正直、安すぎると思う。

パリで生活していたときの感覚からすると、これはほぼ別世界の価格だ。

でも、不思議なことに「だから日本はいい」とか「パリは高すぎる」とか、そういう比較の気持ちにはならなかった。
むしろ感じたのは、もっと別のことだった。

あれ、私、どこにいても同じ生活してるな。


パリでも福岡でも、やっていることは同じ

パリでは物価が高い。
だから、無駄なものは買わない。外食も最小限。
基本はシンプルな食事で、必要なものだけを選んでいた。

じゃあ日本に帰ってきたらどうか。

安いものはいくらでもある。
コンビニも外食も、ちょっと頑張ればいくらでも贅沢できる。

それでも私は、深夜のスーパーで値引き商品を選んでいる。

理由はシンプルで、
その方が自分にとってちょうどいいから。


「制約の中の節約」と「自由の中の節約」

パリの節約は、ある意味わかりやすい。
物価が高いという制約があるから、その中で最適化するしかない。

でも日本は違う。

選択肢が多い。
便利なものも、美味しいものも、すぐ手に入る。

つまり日本の節約は、
できるのに、あえてやらない選択をすることになる。

これはちょっと質が違う。

  • パリ → 制約の中での工夫
  • 日本 → 自由の中でのコントロール

同じ節約でも、求められる力が違う。


日本は「安いのに無駄遣いしやすい国」

これは帰国して強く感じたこと。

日本は安い。便利。選択肢も多い。
でもその分、気を抜くといくらでもお金は消える。

むしろ日本の方が、節約は難しいのかもしれない。

なんとなくコンビニに入る。
なんとなく外食する。
なんとなくスイーツを買う。

一つ一つは小さいけど、積み重なると大きい。

パリでは、そもそも「なんとなく」でお金を使う余地が少なかった。
高いから、毎回ちゃんと考える。

でも日本は違う。
考えなくても使えてしまう。


節約は「場所」じゃなくて「思考」

今回あらためてわかったのはこれだった。

節約って、パリだから大変とか、日本だから楽とか、そういう話じゃない。

どこにいても、やる人はやるし、やらない人はやらない。

そして私はたぶん、
どこにいても節約するタイプの人間なんだと思う。


安さよりも「納得感」

うどんと焼きそばで279円。
たしかに安い。

でも大事なのはそこじゃない。

・手間がかからない
・無駄がない
・自分の生活リズムに合っている

そういう「納得感」があるから選んでいる。

だから、パリでも福岡でも、やっていることは変わらない。


おわりに

場所が変わると、生活は大きく変わる。
でも、意外と変わらないものもある。

そのひとつが「お金の使い方」だった。

節約って、場所じゃない。
結局、自分の癖みたいなものだと思う。

そしてそれは、一度身につくと、
どこに行っても静かに続いていく。

,