「体が土地に合わせていく感覚」—パリと福岡で変わった“食べたいもの”の話


パリに滞在していたとき、自然と手が伸びていたのは、ジャガイモ、チーズ、バゲット、そしてワインだった。

特別に意識して選んでいたわけではない。
気づいたら、そういうものばかり食べていた。

振り返ってみると、それはパリという土地の空気や気候、そして生活に、体がゆっくり馴染んでいった結果だったのだと思う。

少し乾いた空気。
石造りの街。
シンプルで重めの食事。

そして、外を歩けば当たり前のようにあるバゲット。
焼きたての香りや、手軽さもあって、自然と日常の一部になっていった。

そういう環境の中で、エネルギーがあり、保存が効き、満足感のある食べ物が、心地よく感じられていた。


日本に帰国して、最初に食べたのは牛丼だった。

これもまた、考えて選んだというより、体がそれを求めていたという感覚に近い。

ごはん、肉、そしてだしの効いたつゆ。
一口食べたときに、「あ、戻ってきた」と感じた。

そして今、無性に欲しくなっているのが、だしのある食べ物だ。

味噌汁やうどん、おでんのような、やさしくて水分の多いもの。
パリで慣れていた食事とは、明らかに違う方向だ。


面白いのは、こうした変化が「意思」ではなく「感覚」で起きていること。

その土地にいると、その土地の食べ物を欲するようになる。
そして場所が変わると、体もまた、静かに方向を変えていく。

無理に合わせているわけではないのに、自然とそうなっていく。


一方で、完全に切り替わるわけでもない。

福岡に戻ってきた今でも、ワインは飲みたくなる。
焼き鳥と一緒にワイン、という少しだけパリの余韻を残したような組み合わせ。

たぶんこれは、体だけでなく、記憶や感情も一緒に動いているからだと思う。

パリで感じていた自由さや心地よさ。
その感覚を、少しだけ今の生活にも持ち込みたくなる。


「その土地のものを食べるといい」とよく言われるけれど、
実際には、体のほうが先にそれを知っているのかもしれない。

どこにいるかで、食べたいものが変わる。
それは単なる好みではなく、もっと自然な適応のようなもの。

そんなふうに自分の体の感覚を観察してみると、
食べることが少しだけ面白くなる。

そして、自分が今どこにいるのかも、
なんとなく、体が教えてくれる気がしている。