最近、オランダに住む友人とよくやり取りをしている。
彼は土木エンジニアで、仕事の話や旅行の話を聞かせてくれる。先日はインド人の友人の結婚式に出席するため、バリ島へ行ったそうだ。
私が興味を持ったのは、バリそのものではなかった。
初めて利用した航空会社のこと。ビジネスラウンジの様子。日本からオランダへ帰る飛行機が北極近くを通り、窓から見えた景色の写真。
そんな「旅の途中」の話が、とても新鮮だった。
ガイドブックには載っていない、実際にその人が体験した世界がそこにある。
考えてみると、私は昔から観光地そのものより、その土地で暮らす人たちの日常に惹かれてきた。
ギリシャでは遺跡も素晴らしかった。でも今でも思い出すのは、市場に並ぶ魚や、山積みになったハーブ、地元の人たちの買い物風景だ。
パリでも同じだった。美術館や名所だけでなく、メトロに乗り、市場を歩き、図書館で時間を過ごした日々が今でも心に残っている。
最近、日本では茶道を習い始めた。
オランダの友人は日本にも興味を持っているので、今度は私が茶道の稽古や季節のお菓子、稽古着、茶室で感じたことを伝えてみようと思う。
彼がオランダの日常を教えてくれるように、私は日本の日常を伝えたい。
そんなやり取りをしていると、「国際的」という言葉の意味が少し変わってきた。
以前は海外へ行くことや外国語を話すことが国際的なのだと思っていた。
でも今は違う。
誰かの暮らしを知り、自分の暮らしも伝えること。
それが国際的な生活なのかもしれない。
語学は、そのための道具だ。
そして旅は、観光地を巡るためだけではなく、世界のどこかで暮らす人の生活に少し触れるためのものなのだと思う。