パリから帰国してしばらく経った頃、ふと気づいたことがある。
「おいしい」と感じるものと、「体が欲しているもの」が一致しなくなっていた。
ご飯にかつおだしのふりかけ。
これは今でも、しっかりおいしいと感じる。安心する味だし、日本人としての感覚も残っている。
でも、いざ食べるものを選ぼうとすると、手が伸びるのはトマトベースのパスタだった。
この違いは、単なる好みの変化ではなかった。
「おいしい」と「欲している」は違う
以前の私は、「おいしいもの」を基準に食事を選んでいた。
満足感や習慣、なんとなくの気分。
でも今は少し違う。
・食べたあとに重くならないか
・体が軽く動けるか
・次の行動につながるか
そういう“体の反応”で選ぶようになっている。
ご飯+ふりかけは、確かにおいしい。
でも、どこか「止まる」感覚がある。
一方で、トマトベースのパスタは軽い。
食べたあとも動けるし、思考も止まらない。
だから体が自然とそちらを選ぶ。
トマトパスタに惹かれる理由
トマトベースのパスタは、シンプルだけど理にかなっている。
・酸味があって、食後に重くならない
・オリーブオイルと合わせることで満足感も出る
・具材を自由に調整できる
そして何より、「ちゃんと選んでいる」という感覚がある。
パリでの生活は、無駄に何かを買うことが難しかった。
だからこそ、一つひとつを自分で選んでいた。
その感覚が、今の食事にも残っているのだと思う。
日本の安心と、パリの余白
ご飯とふりかけは、日本の安心そのものだ。
迷わなくていいし、すぐに満たされる。
一方でパスタは、少しだけ余白がある。
何を合わせるか、どんな味にするか、自分で決める余地がある。
今の私は、その「余白」を求めている。
我慢ではなく、自然な選択
以前なら、「ご飯をやめるのは我慢」と感じていたかもしれない。
でも今は違う。
パスタを選ぶことは、制限ではなく自然な流れだ。
体がそちらを求めているから選んでいるだけ。
そして面白いことに、
ご飯もちゃんと「おいしい」と感じるまま残っている。
どちらかを否定しているわけではない。
まとめ|変わったのは味覚ではなく、選び方
今回の変化は、味覚の問題ではなかった。
「何がおいしいか」ではなく、
「何が自分に合っているか」で選ぶようになったこと。
それだけで、食事は少し静かで、心地よいものになる。
ご飯もパスタも、どちらもいい。
ただ今の私は、トマトベースのパスタを選んでいる。
それが、今の体にとって自然だから。