誰に読まれているか分からないまま書いていた


正直、誰に読まれているのか分からないまま書いていた。

パリで感じたこと。
日本に戻ってきて違和感だったこと。
まとまっているのかどうかも分からないまま、とにかく書いていた。

正解かどうかも分からない。
役に立つのかも分からない。

それでも書いていたのは、
たぶん「自分の中で終わらせたくなかった」からだと思う。

そんな中で、ひとつ小さな出来事があった。

地球の歩き方 の編集者から連絡が来た。

最初は少し驚いた。
同時に、少し現実味がなかった。

自分の書いているものは、
ただの個人的な記録に近いと思っていたから。

でも、そのとき初めて思った。

「ああ、外に出していたんだな」と。

誰かに読まれている実感があったわけじゃない。
数字が伸びているわけでもない。

それでも、確かに“届いていた”。

この感覚は、思っていたよりも大きかった。

評価された、というよりは、
「通じる可能性がある」と分かったことの方が近い。

そして少しだけ、自分の中の前提が変わった。

うまく書こうとしなくてもいい。
正しく書こうとしなくてもいい。

少なくとも、
自分が見て、感じて、考えたことを、そのまま出してもいいのかもしれない。

もちろん、これが何かに繋がるかは分からない。

たまたまかもしれないし、これで終わるかもしれない。

でも一つだけ言えるのは、
「出さない限り、何も起きなかった」ということ。

書く前から価値を決める必要はない。

むしろ、出してみて初めて、意味が生まれることもある。

だから今は、もう少しこのまま書いてみようと思う。

誰に届くかは分からない。
でも、少なくとも“外に出している”という感覚だけは、前よりはっきりしているから。