日本では、駆け込み乗車はよくないものとされている。
危険だし、遅延の原因にもなる。
駅では繰り返しアナウンスが流れ、
「おやめください」とはっきり伝えられる。
それが当たり前だと思っていた。
でもパリのメトロでは、まったく違う光景を何度も見た。
発車直前、誰かが走ってくる。
ドアが閉まりかけるその瞬間に、なんとか乗ろうとする。
そのとき、車内にいる人が自然に手を差し伸べる。
腕を引いて、中に引き入れる。
まるで、それが当たり前のように。
そこには注意もなければ、冷たい視線もない。
むしろ「間に合ってよかったね」という空気さえある。
最初は驚いた。
ルールとしては危険な行為のはずなのに、
その場では「人を助ける行動」になっている。
日本では、秩序が優先される。
全体の安全やスムーズな運行のために、
個人の行動が制限される。
一方でパリでは、その瞬間の人と人との関係が優先される。
目の前の誰かを助けることが、自然に選ばれる。
どちらが正しいという話ではない。
日本のルールがあるからこそ、安全で正確な運行が保たれている。
それは本当にすごいことだと思う。
でもパリで見た光景には、別の種類の良さがあった。
見知らぬ人同士でも、
一瞬だけつながることができる。
ほんの数秒の出来事だけれど、
そこには確かな温かさがあった。
帰国してから、日本の駅で同じような場面を見ることはない。
その代わりに、整った秩序と安心感がある。
どちらの世界にも、それぞれの良さがある。
ただ、あの一瞬のやりとりを思い出すと、少しだけ懐かしくなる。
駆け込み乗車が人助けになる。
そんな瞬間があることを、パリで初めて知った。