便利なものがないほど、私はストレスを感じなかった


パリでの生活は、日本に比べると決して便利とは言えなかった。

エレベーターのないアパルトマンの上階まで、毎日階段を使って上り下りする。
部屋には、日本のように整った家電がそろっているわけでもない。

最初は、少し不便に感じることもあった。

けれど、しばらくすると、その感覚はゆっくりと変わっていった。

むしろ、以前よりもストレスを感じることが少なくなっていることに気づいた。

なぜだろうか。

ひとつは、「選択肢が少ない」という環境にあったと思う。

日本での生活はとても便利で、あらゆるものが整っている。
その分、無意識のうちに「より良いもの」や「より快適な方法」を選び続けていることが多い。

一方で、パリでの生活はシンプルだった。

階段を使うことも、設備が限られていることも、特別なことではなく、ただの前提になる。

その中では、「どうするか」と迷う場面自体が少ない。

結果として、余計な判断や比較をする機会が減り、気持ちが静かになっていった。

もうひとつは、「不便を受け入れる」という感覚だった。

最初から完璧を求めないことで、小さな不便がそのまま日常に溶け込んでいく。

それは我慢とは少し違い、
環境に自分を合わせていくような、穏やかな適応に近かった。

日本に戻ってから、改めて感じるのは、
便利さそのものがストレスを生むこともある、ということだ。

選択肢が多いこと、常に最適を求められること。
それらが積み重なることで、知らないうちに疲れてしまう。

もちろん、便利であることは大きな価値だと思う。

ただ、すべてを整えようとしなくてもいいのかもしれない。

少し不便なくらいの方が、
かえって心地よく感じられる場面もある。

そんなことを、パリでの生活の中で実感した。

※この内容は、実際に約3か月のパリ滞在で体験したものです。