日本に帰ってきて、久しぶりにネットのニュースを見た。
記事はたくさんあるのに、なぜか心に残らない。
むしろ、「こんな内容で成り立っているんだ」と
少し冷めた気持ちになった。
日本に帰ってきて、ネットのニュースを見た。
久しぶりに触れたその情報の多さに、少し驚いた。
次から次へと記事が流れてくる。
芸能人の話題や、生活に関するちょっとしたトレンド。
どれもすぐに読めて、すぐに理解できる。
でも、読み終わったあとに、何も残らなかった。
正直に言えば、
「こんな内容で成り立っているのか」と思ってしまった。
もちろん、それが悪いわけではないと思う。
短い時間で読めて、気軽に消費できる。
そういう役割があることも分かる。
ただ、今の自分には少し軽すぎた。
パリにいたとき、
私はもっとゆっくりと情報に触れていた。
本を読む時間や、
フランス語の記事を理解するために考える時間。
すぐに分からないものに向き合うことが、当たり前だった。
その時間は効率がいいとは言えない。
でも、その分だけ、何かが自分の中に残っていた気がする。
日本に戻ってきて感じたのは、
情報は増えているのに、満たされないという感覚だった。
たぶん私は、
すぐに消費できるものよりも、
少し時間がかかっても、自分の中に残るものを求めるようになっている。
だから、ネットニュースに対して
違和感を覚えたのかもしれない。
情報が多いことと、満たされることは、
必ずしも同じではないのだと思う。